私は蔡茂瑞です。民国61年に入隊しました。私の軍旅は合計20年の勤務です。民国83年8月31日に国軍高雄総医院へ転任し、中校政治参謀官を務め、民国85年8月31日に退役しました。その後、偶然の機会で退役後に民間雇用に身分を転換し、民国85年9月1日から引き続き病院に残任しました。
病院で勤務していた期間、まず洗濯部の主任を務めました。以前の洗濯部は現在の従業員食堂の場所にあり、従業員2名と士官2名だけで、全院の軍人病棟の寝具洗濯を主に担当していました。その後、全ての洗濯業務が外部業者に委託されたため洗濯部は廃止され、私は医勤組に転属し、入院軍人の食費管理と従業員食堂の運営を担当しました。当時の従業員食堂の場所は現在の健康診断センターです。以前は入院軍人の食事は義務役の食勤兵が担当しており、特に印象的だったのは食勤兵が自らパンを作り、来院患者に提供していたことです。この方法でより多くの人々を病院に来させようとしたのです。
医勤組を離れた後、私は医療部で病院評価を担当しました。当時の医療部は4人だけで、オフィスは現在の従業員食堂の前にある耳鼻咽喉科のオフィスでした。小さな部屋でしたが、私たちには十分でした。その後、民診処の秘書に転任しました。当時の民診処は現在の社会福祉組のオフィスの位置にあり、病院のオフィスに近かったので、以前の孟翔越院長がある朝、出勤前に民診処で私に「小蔡、2階の灯りを全部つけてくれ」と言ったことを覚えています。その出来事以降、出勤すると必ず病院2階の灯りをすべて点灯する役割を担いました。最後に行政組へ異動し、民間雇用の給与、海外出張手続き、証明書発行などを主に担当し、民国106年1月27日に定年退職しました。軍務時代から計算すると、病院での勤務はほぼ23年になります!
106年に退職してから(現在は113年)も病院に戻り、ボランティアとして勤務しています。主に昔の同僚を訪ね、行政業務を手伝うことです。この私がよく知っている場所で、無償でサービスを続けています。普段は山登りや海外旅行が好きで、現在ほぼ74歳です。皆さんには体を大切にしてほしいです。健康こそが最も重要で、健康な体があってこそやりたいことがもっとできるからです。



複製品、ファイル番号:113/013201/1/2/18